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このページはワーキングビザを取得するまでの実話を元に筆者が体験したことを含めて書かれている。私自体もインターネットという情報網から利益を得ているように、これをたまたま見てくれている人達にも何か利益になればと思っている。そんななかで少しでもこんなところが役に立ったとか自分はこうだとか、頑張ってみようと思うなど何でも良いので連絡をくれれば大変嬉しく思う。
以前にOPT申請実話について書いているが、仕事をすることができる1年間のOPTの間にアメリカで仕事を続けたければ通らなければならないのがワーキングビザである。そのワーキングビザであるがアスレチィクトレーナーをしているのであれば通常はH1-Bと呼ばれる特殊技能用のビザになる。またこのビザに関してであるがOPTよりも移民法の改正によって毎回ころころと変わってしまうので気をつけなければならない。これは調べたところによれば誰が大統領をしているかによってその方針でかなり変わってしまうらしい。外国人にとっては今の移民法はかなり厳しい法になっており、仕事をもらえてもビザが出ないという人が多数出てきているし、ビザの為に仕事が取れないという人もいるようなので、かなり早くから自分で調べながら弁護士を通したりすることが必要になると思う。個人的には弁護士は必要であると思うが、申請者自体もかなりな知識を持って弁護士に質問をしたりしないといけないと思うのでインターネットや知人や同じ申請者達のネットワーク活用しなければならない。と少し長く書いてしまったが、とにかく申請してアプルーブされるまではOPTとは違いスポンサーをしてくれる会社によっては結構大変である。私の場合は学校がスポンサーになっているのでCapと呼ばれる許可数制限には引っかからなかったので良かったのであるが、これに引っかかる通常の申請の場合はここで書く以上に制限があるので更に気をつけなければならない。ビザについての詳細については移民法が変わればすぐに変わってしまうことと、調べれば何処にでも結構でているのでここではあえて省略させてもらって申請の実際について触れていきたいと思う。
2004年5月に大学院を卒業して晴れて学校から開放され就職活動をしていたのかしていないかの6月にはヘッドアスレチィクトレーナーからの電話で元のサンフランシスコ大学にアシスタントアスレチィクトレーナーとして就職が決まると同時にビザの話しをヘッドにして大丈夫という話だけはもらっておいた。7月16日から正式に仕事を始めたのであるが、そこでビザの話をHuman Resources(日本語で言うと人事部?のようなところ。以下HR、そしてここで話すHRとはHRの中で担当者となっている個人をさす)に話をしてみると、学校としてはビザの申請はしないという話・・・。ただよくよく話をしてるとその人の言っていることが私や私の友達で実際に申請をしている人とはかなりかけ離れた話をしていたのでいろいろと質問をしてみたのであるが、どうやらあまり分かっていないらしいという印象と申請はできないの一点張りであった。これは後から考えると私も計画していなかったのが悪いかもしれないと思う、いきなり入ってきた新しい人材に何の話もきていない人が対応してもこうなってしまうものかと思う。ということで、そのことについて調べなおし、しかし事態はなかなか思うようにはうまくいかずヘッドに関しては大丈夫という話であってアスレチィクディレクターはあまりこのことには首をもともと突っ込まないというか仕事が少し違うので、もう一人のシニアーアスチィクディレクターと話をしたが、結局HRに電話をしてなんだかわけの分からないことになってしまう・・・。このようなことは初めて申請する人には良くあるのかもしれないが、私を助けてくれるはずのHRで対応する人が良くわかっていなかったようなのでしかたがなかったことなのかもしれない。このままだめなのかな?とも思ったが、なんとか事態が打破できるまでこれから3ヶ月で済んだので良かった。この3ヶ月の間、実際に申請をしている人、もう既に許可された人や弁護士相談所などでいろいろな話を聞いたが結局はどうやってスポンサーを説得して申請してもらうかというところだった・・・。10月中旬、ちょうどボンズ選手が700号を打った試合だったと思うのであるが、(もしかしたらその前後の試合だったかもしれません)サンディエゴパドレス戦で以前に学校でビジネスマネージャーとしてシニアーアスレチィクディレクターのサポートをしていた人と偶然Pac Bell(今のSBC)球場で逢って、今の状況などを報告している時にじゃあ学校で法律を扱っているGeneral Counselのこの人に電話してみればという話を聞いた。実際に電話をした時は誰も出てくれなかったのでメッセージを残しておくと2日後に電話がかかってきて話を聞いてくれ、実際に同じような状況で申請を学校でしている人がいるというじゃないですか、しかも申請はできるということだったので早速そのことをヘッドとシニアーディレクターに報告、そして10月18日に私とヘッドとシニアーディレクターの3人とで話し合いを持つことになる。その時にすぐにHRから連絡が来るという話でこの話は急転するかに見えたが21日になってもHRかなんの連絡がなく25日になっても何の連絡もないので、もう一度General Counselに電話をして助けを求める。そして27日にやっと申請料に関してのお金の事に関してだけの事がシニアーディレクターを通じて来るが、私はお金のことより何処の弁護士で今後どうして行くかを知りたかったのでその日のうちにHRにまた連絡をするが出ないのでメッセージとメールを送ることにした。29日にやっと何処の弁護士というのと何処にコンタクトすればよいかということを聞き出し、よく11月1日に初めて話を電話ですることができるようになった。その後はこの弁護士事務所とHRと私とで主にメールでのやり取りをして11月15日には申請料などに関してはっきりさせるところまで行き着いた。これまでの間に申請に必要な資料集めて送ったりして、いつ頃申請をするというところまで決まっていたのだが、11月24日に弁護士事務所から電話があり移民法の改訂が近日中にあるという発表が正式にされ申請料が175ドルから2000ドル(桁が一つ違います)に上がるので早めに少し早めに申請書を出す代わりに少しだけ受領期間が短くなるとの事だった。それは構わないのであったがお金が更にかかるのは困るのでくれぐれもお願いしますということで電話を切った。ちなみにワーキングビザの申請は実際に仕事が始まる前6ヶ月前にしか申請できないということになっているので、その都合上少し希望より開始日が早くなるということだった。みなさんも知っているかもしれませんが11月末というのはアメリカはサンクスギビングである為にUSCIS(ビザを申請するところ)や弁護士事務所も閉まってしまうのでその前に出すのはかなり急ピッチな作業になっただろうが私は何もできないので祈っていただけである。結局はサンクスギビング後に連絡が取れて、休暇前に申請ができたということで後は結果を待つだけという形になった。結果が出るまではUSCISから作業状況を確認したり、OPTの時にもケースナンバーを入れてUSCISに登録をしていたので何か動きがあればメールが私に直接来るように作業をしていた。そして翌年2月1日に登録しておいたUSCISから許可されましたというメールが届く。後は許可されたという紙をもらうわけだがこちらに関してはいっこうに学校からも弁護士事務所からも何の連絡もないのでしびれを切らして2週間後の2月14日に弁護士事務所に連絡を取ると受け取っているということ(どうして何の連絡もくれないのでしょう・・・)でHRへ全てをまとめて送るということだった。とりあえず私もここまで来て安心していたのでこれ以降はあまり連絡を取っていなかったのであるが、4月14日にビザスタンプを取得する為にI−797(Approval Notice)などをHRにリクエストしたがなかなかHRと連絡が取れず19日にやっと連絡が取れて全て渡してくれるとの事、また弁護士事務所にも連絡してみなさいということだったので連絡して、質問したいことをしているとどうも何か話がかみ合わないところがあると思っていると、本当は弁護士事務所からHRに届いたパケッジは私も貰っていなければいけなくて、そこにスタンプの取得の仕方なども書いてあるというじゃないですか?そんなこと聞いてないし・・・。(しかもHRからも何もいわれてないし・・・)とにかく、パケッジを貰うことということで次の日に去年の11月に訪れた以来にHRへ行ってパケッジを受け取った。その時のHRの人は最初の時に話した時とは別人のように優しく、これもあれも必要なんじゃないかといろいろなことをてきぱきとやってくれた。よ〜し、これで後は日本に帰ってビザスタンプを米国大使館で貰うだけだと思っていると21日にはHRからシニアーディレクターに電話がありお金が払われていないって言うじゃないですか?私はさすがに怒りのような感情を抑えることができずにシニアーディレクターにもう話はついています!必要であればバンクステイトメントを持っていきますとだけ言ってさっていった。しかししかし、そのバンクステイトメント、随分古いために見つからないので結局銀行へ行ってオーダーする羽目に・・・。(みなさん何かの時のためにしっかりとっておきましょう!)そして27日にバンクステイトメントとチェックのコピーをシニアーディレクターに渡して、今度連絡があれば話しをつけて下さいということを伝える。結局その後は何の連絡もないので大丈夫だったのであろうと私は思っています。と、これまでがアメリカでの許可されるまでの出来事ですが知らなかったらまったく分からないままだったことも沢山あります。また、サポートしてくれる会社や上司やビザに関して詳しい人がいてやっとなんとか申請できるのかな?なんて思ってしまいました。これが何も知れないところで誰も申請したことがないところであれば大変だろうなと考えてしまいましたが、また逆である程度知っている人も逆に他の事を聞き入れないので大変だなということも感じました。何しろ良い会社やボスや弁護士に出会えることがいかに大切かということですね。ここで連絡と書いているのはメール、または電話での連絡でここで書いている日以外にもかなり多くの連絡をしてやりとりをしているのでいかに長い間かかったかということが分かってくれると思います。スポンサーになってくれる場所によって違うと思いますが、アスレチィクトレーナーとして申請する場合、ほとんどの場合が申請をした経験のあるところではないと思うので大変だと考えられます。皆さんにも早すぎるくらいの申請準備をお勧めします。
最後に、このページは私の経験したことから作成されていますので、申請者は最新の情報を元に申請作業をして下さい。
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